LOGINかつて異世界で魔王を倒し、世界を救った勇者ジェノ。 人々を助け、そして最後には民衆に裏切られて非業の死を遂げた彼は、なんと天馬真央(てんままお)として現代日本に転生していた。 今世こそは平穏な「モブ」として生きる。そんな決意も虚しく、ひょんなことから元・魔王の転生者である深窓の令嬢、結城黒乃(ゆうきくろの)とともに、ダンジョン配信チャンネル『Testing_Room』を結成することに!? 身バレを防ぐため、怪しい「パンダの着ぐるみ」を身にまとった真央は、勇者の超絶魔法や必殺剣を「ただの科学兵器です」と言い張りながら、日用品やその辺で拾った「鉄パイプ」を使ってSランクの魔物を次々と粉砕していく。
View More目の前にそびえ立っているのは、見上げるほど巨大な漆黒の巨人。Sランク探索者パーティすら全滅させる超強力な魔物だ。
対する俺は――なぜか鉄パイプを片手に、目つきの悪いパンダの着ぐるみを身にまとっていた。
着ぐるみの中に備え付けた小型モニターには、配信中の動画のコメント欄が高速で流れていく。
> やべーぞ! ヴォイド・ジャイアントだ!
> 深淵ダンジョンにだけ出現する、数多の探索者を葬った最上級モンスターじゃねーか……どうすんだパンダ ここは、深淵ダンジョン最深部。漆黒の空には星の代わりに毒々しい色のオーロラが、
大岩のような拳を振り上げる、深淵の巨人。その漆黒の外皮には、ヒビ割れのように青い光のラインが走る。
対する俺は、その辺で拾った何の変哲もない鉄パイプに、勇者の魔力を使って雷の属性を付与する。
「パンダくん、ここで高性能スタンバトンを起動しました!」
その様子を、長い黒髪の可憐な少女が解説する。彼女は黒乃。俺の助手という設定だ。
直後、鉄パイプがまばゆいほどの雷光に包まれる。> 出た、高額課金アイテム!
> 本当に魔法じゃないのか? > あんな魔法は存在しない > エフェクトやべぇぇ!チラリと背後を見ると、カメラドローンの範囲外で見ている黒乃がうなずいた。
「慈悲は不要……やれ」
先ほどとは打って変わって、
> 今の声、解説ちゃん?
> 魔王様wwwネット弁慶な黒乃は、ときどきこんな魔王口調になるのだ。
まあ、やれと言われたら仕方ない。「雷光の一撃……ギガ・アステリア」
マイクが拾わないくらいの声で、ぼそりと俺はつぶやいた。前世、勇者と呼ばれた俺の必殺技だ。
強烈な雷をまとった鉄パイプを頭上に構え、振り下ろされる巨人の拳をひらりと回避しながら、俺は跳躍する。そして。
雷鳴。雷光。一閃。
ズシャアアアッ! という、およそ鉄パイプが発するものとは思えない轟音をかき鳴らしながら、俺は会心の一撃を余波だけで、背後の砂漠に一直線のクレーターが生じる。
衝撃波が、周囲の空間と、黒乃の長い髪を揺らした。その絶大な威力の攻撃を受けた深淵の巨人は、砂嵐のような電子的なノイズを撒き散らしながら、モザイク状の粒子になって消滅。
「一撃です! 最新アイテムの力はすばらしいですねー」
黒乃が解説を入れると、またコメント欄が湧き立った。
> 科学の力ってすげー!
> いや、パンダの身体能力、やっぱヤバくね? ★【ミミズク】(¥50,000)今回も見事な実験だった。 > アイテムすごいなー(棒)スパチャまで飛んだぞ。
どんどん上がっていく動画の同時接続数を見て、俺はため息をついた。俺は、モブとして平穏な生活をしたかったのに。
まさか、偶然撮影された動画がバズって、いつの間にか配信活動まですることになってしまうなんて。……どうしてこうなった。
◆
事の始まりは、数ヶ月前。
まだ俺が平穏なモブ生活を送れると信じていた頃に登校時刻直後の、ざわついた教室。朝のホームルーム。
窓の外は青空。教壇に立つのは、くたびれた中年の男性。クラス担任の そして、窓際の席でそれを話半分に聞いている茶髪の地味な男子高校生が俺、
「で、あるからにして……」
教壇に立った竹尾が、生徒たちを見回しながら退屈な演説を続ける。
「いいか。ダンジョンに入れるのは、探索者として資格のある者だけだ。お前たちは、勝手に入ろうとか思うなよ」
十八年前、世界中に
「ダンジョン内では人を襲う生物『
その話も、ニュースでさんざん聞いたものだった。
プロの探索者が「万が一、ダンジョンが『
新宿消滅事故。その言葉を聞いた生徒たちがざわつく。
「……あれはヤバかったな」
「S級探索者の俺はあくびを噛み殺す。
新宿か……たしかに関わりたくはないな。俺はモブとして、平穏な日々を生きるんだ。
目立たず、波風を立てずに生きて、教壇に立つ竹尾が、こほんと咳払いをした。
「まあ、深淵の危険性については、またいずれ……。今日は転校生がいるから紹介しよう。入りたまえ」
転校生という言葉に、またも沸き立つ教室。
がらら、と教室の扉が開く。 入ってきたのは、一人の少女だった。 濡れたような綺麗な黒髪を、片側だけ上品に結った、まさに深窓の令嬢とも言うべき儚げな美人。クラス中から男女問わず感嘆の声が漏れる。
だが、その美しい容姿よりも大きな衝撃を受けたのは、彼女の持つ桁違いの魔力量だ。 そして、その絶大な魔力の性質には、はっきりと覚えがあった。「魔王……?」
そう勘違いするほど、これは……その魔力の波形は、転生前に『異世界アルトヘイム』で戦った魔王にそっくりだ。
瞬間、心臓が飛び跳ねるように脈打つ。「あの……
転校生、結城黒乃が控えめな声で自己紹介をする。
目が合った。
愕然とする俺を見て、黒髪の令嬢はわずかに首をかしげる。
このとき、俺は悟った。
……強い予感がした。 ああ……俺の日常が、尊い平穏が、あっけなく崩れ去ろうとしているのだと。それが俺、異世界の勇者ジェノ・アウラーの生まれ変わりである天馬真央と、夜の帷と称される魔王ヴェルヴェットの生まれ変わりである結城黒乃の、最初の出会いだった。
戦いが終わった俺たちは、ひとまず岩場で合流した。みんな相変わらず裸にバスタオルのみをまとった姿なので、目のやり場に困る。 巨大カピバラの埋まった岩山を呆然と見つめながら、黒乃が口を開いた。「あはは……。せっかく、のんびりしに来たのに……なんだか、いつも通りの感じになっちゃったね」 それにはアンリも同意する。「そうですね……でも、わたくしたちらしいです」 そうしていると、理子がカメラの前に身を乗り出した。 もちろんバスタオル姿のままで。「今日の配信は、ここまで……バイバイ」 カメラに向かって小さく手を振ると、ドローンの電源を切った。 意外だ。こういうアクシデントの後こそ、撮れ高のためにって配信を続ける主張をすると思っていたが。「配信を続けなくていいのか、理子?」「勝手に終わらせてごめん」「いや、俺は構わないけど……」 パンダ頭を脱ぎながら、黒乃とアンリのほうをチラリと見ると、彼女たちもうなずいて同意を示した。「まだ配信したいなら、動画を立て直すけど……プライベートな時間も大事、だと思う」「……そうだな」 理子なりに気を遣ってくれているらしい。「大丈夫……撮れ高は十分。……神回だったと思う」「たしかに。我らがスポンサーのミミズク氏がそう言うなら、いろんな意味で体を張った甲斐があったな」 スポンサーという言葉に満足げな理子ことミミズク。 配信の緊張から解放されて和やかなムードになった俺たちの中で、アンリが提案する。「また汗もかいてしまいましたし、改めて温泉に入りましょうか……?」 黒乃が「賛成!」と小さく飛び跳ねる。いろいろ見えそうで際どいし、胸も少し揺れていたので、なんだかこっちが恥ずかしくなって俺は軽く目をそらした。 理子がしたり顔でうなずいていた。「とは言っても……」俺は温泉の壊れた大岩に目をやる。「境にしてた岩が壊れちゃったな。……これだといっしょには入れないし、やっぱり俺は待ってるよ――」 その言葉を言い切る前に、黒乃が俺の腕を掴んだ。「黒乃?」「いまさら真央くんだけ仲間はずれなんて、あり得ないよ」 反対側の腕を、アンリがぎゅっと握る。「お、おい……」「黒乃先輩の言う通りです。師匠、いっしょに入りましょう」 待て待て待て、そんなに近寄るな。 男にはいろいろと生理現象があるんだぞ。今も
「カピ……?」 攻撃をやめ、俺はいったん距離を取る。 すると巨大カピバラは。「カ、カピバラッ!」 戦闘不能寸前から、おそらく根性で起き上がった。 なるほど、土壇場の馬鹿力か。いいガッツだ。 やはりお前は、強敵だ。 だからこそ、ここで確実にしとめる! 俺はパンダ頭のまま、濡れバスタオルを奴へと向ける。「カピバァァ……!」 そのとき、巨大カピバラが大きく息を吸い込む。 なんだ、さっきの泡ブレスを放とうとしているのか? そう予測した俺が身構えた瞬間――。「カピバラァァ――!」 すさまじい水圧の熱湯が、俺に向かって一直線に噴射された。「なにィ!?」 ここに来て、ガチの殺傷力がある攻撃だと!? とっさに俺は木の桶(結界魔法つき)で熱湯を防いだ。 そのまま巨大カピバラは、熱湯を薙ぎ払うように噴射していく。 高水圧の熱湯が岩に直撃し粉砕。蒸気が発生し、サウナのような蒸し暑さが辺りを包む。 どこを狙っている――。一瞬だけ気が抜けた俺だが、すぐにその目的に気づいて声を上げた。「……っ! 危ない、逃げろ!」 熱湯の噴射は三人の少女、黒乃とアンリと理子のほうへと向かっていた。 やろう、最初からそれが狙いか。「くっ」アンリがその身を挺して黒乃たちをかばおうとする。 だめだ。生身であれを食らったらひとたまりもない。 その直後、理子が動いた。「推しのため、助手ちゃんとアンリ様はわたしが守る! フォースシールド!」 魔力の壁だ。半透明の光の障壁が、高水圧熱湯を防ぐ。 だが、すぐに理子は両腕を突き出した体勢のまま、苦悶の表情を浮かべ始めた。「うぅ……威力がつよすぎる……もう持たない」 珍しく見せる、理子の切羽詰まった表情。 それを見た俺は、すぐに手近にあった道具を拾い上げて援護を試みる。「くそっ。ケロリンシールド・遠距離モード!!」 手に取ったのはカエルの描かれたプラスチック製の桶だった。 俺はそれを理子の目の前に向かってフリスビーのように投げて、直後に防御魔法を発動して熱湯の威力を弱める。「た、助かった……さすがは推しの科学兵器」 ついでだ。 もう一つのカエル桶を拾い上げて、今度は巨大カピバラへと投げつける。「ケロリンシールド・アタックモード!」 乱反射しながら巨大カピバラへと襲いかかる桶。 もちろん、雷魔法の|
「なんだ……?」 だんだんと大きくなる地響き。 そして。 ドゴォォォ!! 岩壁を突き破って、巨大なモンスターが登場した。 毛むくじゃらの体躯に、間抜け面。 というか、それはどう見ても、カピバラだった。 二足歩行の……カピバラ!> なんだこいつ!?> カピバラ……?> やたらデカいな「モンスター!?」アンリが立ち上がる。 もちろん、裸にバスタオル一枚の姿だ。タオルがずれないように胸元で押さえながら、念のために温泉のそばの岩に立てかけておいた槍を拾い上げて、巨大カピバラへと向き直る。 白銀の少女は、すでに騎士の顔だった。 槍をしっかりと両手で握り、真剣な表情で構えを取る。 それは見惚れるほど美しい姿だった。「アンリ……」 俺は……どう対処したらいい? いつもの秘密兵器は鞄の中で、ここからは遠い。 何か使えそうなものは……。 迷っている間に、アンリが槍を手にカピバラへと突撃した。「いきます……!」 裸足のまま、不安定な岩の上を見事に駆けていく。 対する巨大な魔物が吠える。「カピバラァァ――!」 いや、おまえ……カピバラって鳴くのか。 ピ◯チュウか? ポ◯モンなのか? 直後、カピバラは無数の泡を吐き出した。 地面を伝い、アンリの足元へと広がっていく。 これは石鹸? 石鹸攻撃!?「ひゃあッ!」 アンリが足を滑らせて転倒する。 拍子に剥がれるバスタオル。なめらかな肌、細く美しい肢体が見えてはいけないところまで露わになる。 瞬間、発動する湯けむりモザイク。 そのままアンリは床を滑り続け――。「はぅ――!」 岩壁に激突した。> アンリ様が……> 放送事故すぎる! アンリはよろけながら、何度も足を滑らせながら、なんとかバスタオルを拾って立ち上がる。「ううっ……こんな……あられもない姿を、師匠に……」 瞳に涙を浮かべながら、アンリは巨大カピバラを睨みつけた。 両者睨み合い。 その均衡を打ち砕くように、後衛である黒乃と理子が魔法で援護をする。「アンリをよくも……ダークショット!」「アンリ様が傷付いたらリスナーが黙っていない……ファイアボール!」 二人の少女の手のひらから、暗黒弾と火の玉が発射される。二人の身にまとったバスタオルをはためかせながら。「カピバラァ!」
岩の上に荷物を置いた俺たちは、お風呂用の道具だけを抱えて、温泉のそばに集まった。「ね、ねぇ……本当に私たちが温泉に入っているところも配信するの?」 黒乃の言葉に、理子が答える。「当然。視聴者はそれを望んでいる……わたしも腹をくくる」 そういう理子自身も、少し頬を赤く染めていた。 なんだかんだで、いっしょに動画に登場することになった彼女も恥ずかしいのだろう。「それに、心配はいらない。『湯けむりモザイク』のプラグインをカメラに設定しておいた」 またカメラに妙な設定を加えたのか。 今までの理子のカスタマイズは、だいたいがよい方向に働いていたからいいけど。 とはいえ何をしたのかは把握しておかなければまずい気がするので、いちおう尋ねておく。「なにその愉快な名前のプラグイン」「わたしの自作プログラム。いろいろと危ないときは自動的に湯けむりでガードしてくれる」「ほんと、すごい技術だな……」「推しのためなら、努力は惜しまない」 理子が満足げに「むふーっ」とドヤ顔をする。 すると黒乃が細い肩を落としながら、観念したように言う。「じゃあ、私も覚悟を決めるよ……。そこの岩の陰で服を脱いでくるから、覗かないでね」「わかった。じゃあ俺はそっちで待ってるから。三人で入ってくるといい」 俺の言葉に、黒乃は首をかしげた。「え、真――パンダくんは?」「俺は後で入るよ」「ふぅん……」 なんで不満そうなの? すると、今度はアンリが口を開く。「師匠……いっしょに入られないのですか?」「……逆に、いっしょに入るつもりだったの?」「え、えっと……はい。そうなるかと思っていました」 え、その前提で来てたの?「いや、ここで混浴はいろいろとまずいだろ」 年頃の男女が裸でという倫理的な問題もあるが、何より俺がリスナーに殺されそうだ。 と思っていたのだが、黒乃がまさかの一言を発する。「うん……私は、その、構わないから……」「なにが?」 黒乃は頬を染めながら、上目遣いで俺を見つめる。「パンダくんといっしょでも」 マジで? それに理子も肯定を示す。「同意。わたしも、推しといっしょなら大丈夫。むしろいっしょに入りたい」「そこに羞恥心とかはないの?」「推しは特別……」 どうやらここでは、俺は完全にアウェイらしい。 そのときのコメント欄は――。
「それにしても……まだ拡散されてるね、動画」 黒乃がスマホを見ながら口にした一言で、俺は一気に現実へと引き戻された。 忘れていた。忘れたかったのに。 鉄パイプで飛竜を倒したときのその動画は、デジタルタトゥーとして残り続けるだろう。というより、このまま俺の力が世間にバレたら、どんな面倒なことが起こるか。想像するだけでうんざりとする。「うぅ……俺の平穏なモブ生活が……」「前もそんなこと言ってたけど、モブになりたいの?」「悪いかよ」「うぅん。……それが真央くんの夢なら、いいと思うよ」 意外にも受け入れられて、俺は驚いて黒乃のほうを見た。 真剣な表情。本気で俺の夢を応援してくれてい
巨大な豪邸が目の前にある。 土曜日ということで授業は午前中で終わり、時間帯は昼。俺は結城黒乃に連れられて、彼女の家を訪れた。 目立たない俺が、若干目立っている美人転校生といっしょに下校するというイベントについては、いろいろと物議を醸していたようだったが、今は仕方がない。こっそり気配を消す魔法まで使って、俺はなんとか針のむしろを突破することができた。「これが……結城の家?」 まるで魔王城のように威圧感のある門構え。その奥には中ボス戦が待っていそうな広い庭。つい癖で、どう攻め込むか考えてしまうほどに立派な邸宅だった。「うん。……というより別荘だけど」「これで
太陽が真上に昇り、少し傾き始めたくらいの時間帯。 窓の外を見ると、桜の花びらはほとんど散ってしまっている。今年も春の終わりが近づいている。 季節の移り変わりを感じるのが、俺は好きだ。それがこの日本という国のいいところだと思うから。 授業はすべて終わっているため、もう帰っていいはずなのだが、教室の中はまだ賑わっていた。 クラスメイトたちがそろって、結城黒乃を囲んでいるのだ。 はっとするほどの美人な転校生。みんな興味津々のようだが、詰められている結城はたじたじになっている。「どこから来たの?」「えっと……東京のほうから……」「え、新宿に近いんだ。大深淵が出現したとき、どうだった
目の前にそびえ立っているのは、見上げるほど巨大な漆黒の巨人。Sランク探索者パーティすら全滅させる超強力な魔物だ。 対する俺は――なぜか鉄パイプを片手に、目つきの悪いパンダの着ぐるみを身にまとっていた。 着ぐるみの中に備え付けた小型モニターには、配信中の動画のコメント欄が高速で流れていく。> やべーぞ! ヴォイド・ジャイアントだ! > 深淵ダンジョンにだけ出現する、数多の探索者を葬った最上級モンスターじゃねーか……どうすんだパンダ ここは、深淵ダンジョン最深部。漆黒の空には星の代わりに毒々しい色のオーロラが、帷のように流れている。地割れだらけの夜の砂漠に、巨大な|暗紫色